2009年02月05日

あるがままの心




あるがままの心で生きられぬ弱さを
誰かのせいにして過ごしている
知らぬ間に築いてた
自分らしさの檻の中で
もがいてるなら
僕だってそうなんだ。

(名もなき詩/ミスチル)





「名もなき詩」名曲ですよね。

その歌詞の一節にある言葉です。

「自分らしさ」という檻は、
他人が作ったものではなくて、
いつの間にか自分で作ってしまったものなんですね。

その檻に縛られてしまっている自分。

うまく行かないことをいつも誰かのせいにしてしまっている自分。

でもどこかでは、
あるがままの心で生きようと願うから、
また傷ついてしまう。

もがいて、もがいて、
人生はそんなもがきの繰り返しなんですね。

posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

存在を承認する




人の心はパラシュートのようなものだ。
開かなければ使えない。

(オズボーン)




人が心を開く時、
それは相手に自分の存在を承認された時ではないでしょうか。

ほんの些細なことでも良いのです。

「髪型が変わったね」「元気がないけど、どうかした?」
というようにいつもあなたのことを気にしてますよ、
と自分の存在を認めてくれている人に対して
心を開くものです。

誉められれば、当然誰でもうれしいものですが、
誉めることだけが存在を承認するわけではありません。

怒られても、
いつも自分のことを気にしてくれているということが、
心を開く重要な要素なんでしょうね。

そう言えば、傘も開かなければ使えませんね。


ラベル:名言 存在 承認
posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

子供は大人の鏡



子どもは 辛抱強さを見て育つと
耐えることを学ぶ。

子どもは 正直さと公平さを見て育つと
真実と正義を学ぶ。

子どもは ほめられて育つと
人に感謝するようになる。

子どもは 存在を認められて育つと
自分が好きになる。

子どもは 周りから受け入れられて育つと
世界中が愛であふれていることを知る。


(ドロシー・ロー・ノルト)




ドロシーおばさんは、1924生まれで家庭教育の子育てコンサルタントの第一人者です。

この言葉は、「子供は大人の鏡」という詩の一節です。

子供は親のマネをして学習します。

子供を叱る前に自分を正しましょう。


posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

本当の自分を知ること(遠藤周作)

自分が弱虫であり、
その弱さは芯の芯まで自分に付きまとっているのだ、
という事実を認めることから、
他人を見、社会を見、文学を読み、
人生を考えることができる。

(遠藤周作)




自分は弱い人間であるということを認めましょう。

そこから、どうすれば良いのかということを知るために、

他人を見てみたり、

世間を知り、

あれこれ学ぶものだという言葉です。

謙虚さは本当の自分を知ることから始まるのではないでしょうか。



posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月01日

感じること



知ることは感じることの半分も重要ではない。

(レイチェル・カーソン)




私たちは飛行機が空を飛ぶ理屈を知っています。だから普段、空を飛ぶ飛行機を見ても気にすることはありませんよね。

でもよく考えてみると不思議ですよね。あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて。

レイチェル・カーソンはこの不思議に思う感覚が大切だと言っています。

普段は考えもしないこと、理屈を知っていて、それは当たり前だということについて、あえてよく考えてみると、それはすごく不思議に思うことに気づきます。

日々の生活の中で、こうした感覚、感性を持つということは大事なことです。

子供の頃、この感性がたくさんありましたよね。





ラベル:名言 感性 子供
posted by 六角 五郎 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「やるっきゃない」は考えもの。



小敵の堅は 大敵の擒なり

(孫子の兵法)



小勢なのに強気な者は、大軍の捕虜になるだけであるという言葉です。

敵の勢力が分からないまま、闇雲に「それ行け」とばかりに突撃することは、愚の骨頂であるということですね。

孫子曰く、敵の勢力に及ばないと判断したら、逃げて、次のチャンスを待てと言っています。

我々の生活に置き換えてみると、敵とは我々を取り巻く環境ではないでしょうか。自分の周りの環境を良く知った上で、動き方を考える必要があると言うことです。

「やるっきゃない」などと周りの状況も見ずに行動を起こすのは、自滅する確立が高いということですね。日本人は結構このタイプを美化しますが、ちょっと考えものです。


ラベル:名言 孫子 強気
posted by 六角 五郎 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

適応障害



人は常に、現在の自分がこうなのは

自分の置かれた環境のせいだと文句を言う。


私は環境などを信じない。


この世で成功する人は、

自から自分の望む環境を探す人であり、

もし見つけることができなければ、

自分で自分の望む環境を作り出してしまう人である。

(ジョージ・バーナード・ショー/劇作家)





今までとは違う環境に入ると人はそれに馴染むために、
あらゆることを吸収しようと努力します。

でもうまく馴染めないことがあるのも事実です。

ホームシックにかかったり、
5月病というようにに精神的にちょっと不安定になったりもします。

いわゆる「適応障害」というやつです。

最初は新しい環境に馴染もうと夢中になっていますが、
徐々に馴れてくるころに心の疲れが出るのでしょうね。


そんな時は、新しい環境に馴れ始めたということですから、
これからはその環境で
「自分のペース」でやって行こうというふうに考えてみてください。

新しい発見があるかもしれませんよ。



posted by 六角 五郎 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

理性<情熱

私たち一人一人が航海している

この人生の広漠とした大洋の中で、

理性は羅針盤、情熱は疾風。

(A・ポープ/イギリスの詩人)




理性とは、感情におぼれずに、
筋道を立てて物事を考え判断する能力のことを言いますが、
この理性が自分の人生の方向を決めて、
それに向かって動く原動力が
情熱という激しく高まった気持ちであるという言葉です。

自分の人生ですから、誰でも人にとやかく言われたくないものです。

でも理性がちゃんとしていないと、
情熱だけでは、行き当たりばったりの人生になるし、
逆に理性があっても情熱がないと、
それはそれでなんかおもしろくない人生のように思います。

私が思うのは、
「理性<情熱」の方が人生は楽しいのではないかな。

喜んだり悲しんだりする心の動き(感情)のまま生きるのは考えものですが、
感情はスパイスとして必要ですよね。

適度な理性と胸いっぱいの情熱。

そして感情というスパイスを振りかけた人生。

どうですか?



posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

沈黙と間


雄弁は銀、沈黙は金

(ことわざ)




雄弁は大事であるが、沈黙すべき時やその効果を心得ているのはさらに大事であるという言葉です。

ある説では、古代ヨーロッパでは金よりも銀の方が価値があるということから、沈黙よりも雄弁の方が良いという逆の意味にとる説もありますが、これはどうもデマのようです。人と会話をしていて、沈黙があるとどうにもやり場に困り、とりあえず何か話さなければと言葉を口にしてしまう。そんな経験は皆さんにもあるのではないでしょうか。会話の中の沈黙を恐れてしまうということですね。

この沈黙を会話の中にうまく取り入れるという部下育成の方法があります。会話の中に沈黙する「間」をつくり、ゆっくり自分で考えさせるという時間をつくるわけです。沈黙があると、あれこれ具体的な指示を出したくなり、つい雄弁になりがちですが、そこはガマン。

あえて沈黙する「間」をつくりましょう。


posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

胡蝶の夢



胡蝶の夢

(荘子)




昔々、荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだところ夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、それとも蝶が夢を見て荘周になっているのか。荘周とは荘子のことですが、ちょっとファンタスティクな感じの言葉ですね。荘子はよろずのものは、生滅流転、果てしない変化(物化)の中にあって、ひとつひとつのもの全てが真実である、蝶が荘周であり、荘周が蝶でもあると言います。ややこしくなりますが、要はあるがままに在ることが大事で、与えられた今の姿において今を楽しむこと、すなわち、今を受け入れることが、それが本当に「自由」に生きるということではないかということです。関係ないですが、「胡蝶の夢」という焼酎がありましたね。

posted by 六角 五郎 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 今日の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。